仮面を被った人聡 竹内2024年11月7日読了時間: 3分更新日:2024年11月16日彼女は学生からの友人で、久しぶりに連絡を取り会うことにした。当時の面影のままであった数年ぶりの彼女と昼食を共にし今日はこの辺でと思っていたが、何となく物憂げな様子で放っておくことができなかった彼女をレストランから程近い私の家に招きお茶にすることとした。彼女は少し落ち着きを取り戻したのか、吶々とでも確かに力強い口調で今思っていることを話してくれた。それは日常の話題ながらも何処か別の世界の出来事のようなもので、掴むことが難しかった私はまずしっかりと聞こうと思った。「サブスクに入ってれば映画はいつでもどこでも見れるし、何かを調べるのにスマホで検索すればだいたい情報がわかる」「そうだね」「じゃあ、今まで映画を見るのにビデオ屋さんに借りに行ってた時間とか、調べ物をするのに本屋や図書館に行ってた時間は、今どう過ごしてると思う?今まで資料を置いてた棚には、何が置いてある?」「さぁ、何だろう。考えたこともないよ。でも、もっとたくさん映画が見れたりたくさんのこと調べられたりしてるんじゃないかな、あとは友達と遊ぶ時間にしたりとか」「私たち、何も見てない。何も得てない。私たち、何もしてないんだよ、きっと」「どういうこと?」「出来事とか知識が積み上がってる実感がないの。昨日あったことを今日あなたにも教えてあげようとするんだけど、それができないの。知ってるのよ?知ってるんだけど、できないの。私、本当は何も知らないのかもしれない。その時手応えがあったことは覚えてるんだけど、それしか覚えてないの。昨日あったことは、本当に昨日あったこと?そもそも昨日と今日の違いって何?昨日の私と今日の私、明日の私って違ってる?」「違ってなんてなくて良いんだよ、君は君のままさ。考え過ぎだよ」「私、小学生の頃お父さんと一緒に少し遠い街の映画館に行ったの。土曜日だったかな、外はすごい雨が降ってて、ジメジメしていたのよね、古ぼけた館内の空気が。お客さんガラガラだった。ミステリー映画だった。あんまり内容覚えてないんだけどそんなに面白くなくて、でもトリックは覚えてる。凶器の銃をね、熊に食べさせて隠滅させちゃうの、すごいでしょ?見終わったあと、お父さん少し笑いながらそのカラクリについて感想言ってた、「ちょっと無理があるんじゃないかなあ?」って。私、あの頃の自分と今は変わってると思ってる。いや私だけじゃない、お父さんも、映画館も、街も全部。その映画館、とうの昔に閉業して今は影も形も無いの。ずっとポケットに入れて持ち運んでいて、すぐに触れられるもの。変わらないもの。それらに囲まれながら生きてたら、私まで変わらずにずっと居続けるのかな。死ぬまで」「ね、外行こう!天気も良いし、少し出かけようよ、公園!公園!」「そうね。」そして彼女は仮面を付けた。