LEGO聡 竹内2025年12月25日読了時間: 3分クリスマスと言えば、レゴブロックである。デンマークらしい色彩と華やかさがそう想起させるし、サンタクロースが来ていた頃私はしょっちゅうお願いしていた品だった。封を開けたらまずはパッケージに書いてある完成形を目指し、飽きたら分解してアレンジするのが定番の遊び方。当時は私にも数少ない「レゴ友達」がおり、自分が持っていないパーツを友達の家で見つけると妙に欲しくなったものだ。安いものでもないので当然しょっちゅう買ってもらえるものでもなく小学生なりに工夫を凝らした。今でこそレゴのパーツは1個で成り立つほどの具体的なシェイプを持っているが、かつては幾何学的というか、用途も見た目も抽象的なブロックがほとんどで今持ってるこのパーツとこのパーツを使えば、友達が持っているあのパーツと同じ機能を作れるのでは?同じ質感を出せるのは?など試行錯誤した。お城シリーズが好きだった私は商品カタログを穴が開くほど見て、城内の罠の仕組みがどうなっているのか考えた。自分の作った要塞の門に上から槍が落ちてきて侵入者を串刺しにする仕掛けを作ったのだが、最新のパーツなら1個でスタイリッシュにすむものを、家にあるパーツ3個を使って不恰好に納めたりしていた。そうは言っても単純な私は鮮明な思い出とは、誕生日とかに新しいキットを買ってもらった時の喜びの方である。既存のブロックを新しく使い回すのは、日常と化していたような気がする。ここ最近似たようなことを思うのであった。新しいものが手に入る「ハレ」今あるものを使い回す「ケ」。なんだか忘れている?デンマークから渡り百貨店に並ぶレゴブロックは高かった。しかし同じくデンマークから届きスーパーに並ぶサバは安い。麻痺してきたのだった。海の向こうにあるものは貴重。足元にあるものは日常。けど実はたくさん見直せる。価値を高められる。20代になってから、当時のレゴ友達とお酒を交わしながらブロック作りをしたことがある。何故かわからないが私は木陰に佇むBarを作っていて、小さい頃没頭していた西洋のお城のパーツで店内の外装を仕上げ、内装は斧や松明や軍旗でデコレーションした。仕上げに巨大なタコ(かつて海底世界のキットを買った時についてきた)をデカデカと壁に飾りつけた。散々遊び尽くしていたパーツで完成したものはまさにBar『過去美化バイアス』だった。私がもしその店主になりカウンターに立ったら、ニヤニヤしながらお客さんに一パーツずつのストーリーをくどい程語るだろう。陰キャたるものこうでなければ。